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写真製版方式の変革への対応 - フジリスフィルムの発売

 

写真製版方式は、戦後、湿板法から近代的な写真フィルム法へ移行していく。当社は、この動向に対応するため、写真フィルム法の中心となるフジリスフィルムを開発する。1956年(昭和31年)には“フジリスオルソフィルム タイプN”を、1959年(昭和34年)には、さらに品質を改良した“フジリスオルソフィルム タイプO”とグラビア製版用として“富士プロセスフィルムソフト”をそれぞれ発売する。その後、プロセスフィルムの名称をグラビアフィルムと改称し、“富士グラビアフィルムウルトラソフト”を発売して、カラー印刷の増加に対応して、品種の整備を行なう。また、コロタイプ印刷分野に対しても、コロタイプ製版用専用フィルムを発売する。

フジリスフィルムの発売

戦前から1950年代にかけての写真製版方式の大きな技術変革は、湿板法から写真フィルム法への移行が進んだことである。

湿板法は、ガラス板上にヨードコロジオン(硝化綿をアルコール・エーテルの混合溶液に溶かしてヨード剤を加えたもの)を塗布し、硝酸銀溶液に浸した感光板を使用するが、乾くと感光性がなくなるため、湿っている間に露光・現像しなければならない。したがって、湿板法は、撮影の都度感光板を作成するため、感度・ムラなどを均一にすることはかなりの熟練を要し、作業性も悪く、工程の安定化は困難であった。

これに対し、写真フィルム法は、あらかじめ写真乳剤が均一に塗布されているフィルムを使用するもので、これに使われる製版用リスフィルムは、湿板に比べて感度が高く、取り扱いも容易であり、何よりも大きな特長は、均一な写真性にある。写真フィルム法への転換によって作業効率の向上と品質の安定が可能になり、今日の製版技術の進歩がもたらされた。

湿板法から写真フィルム法への動きは、日本ではまず、地図・図面などの線画製版の分野から始まった。

[写真]フジリスフィルム タイプL、タイプM(レーベル)

フジリスフィルム
タイプL、タイプM(レーベル)

戦後、1951年(昭和26年)から1952年(昭和27年)にかけて、駐留米軍・警察予備隊(自衛隊の前身)・建設省地理調査所(現在の国土地理院)・海上保安庁水路部などから、地図作成のために、航空写真原版からの複製用フィルムとして、当社に、リスフィルムの試作品提供が要請された。これが契機となって、当社は、1952年(昭和27年)、“フジリスフィルムL”(密着用)・“フジリスフィルムM”(撮影用)を発売した。

そして、プロセス資材株式会社を特約販売店として、他の製版用フィルムとともに、フジリスフィルムの販売ルートを設定した。湿板法から写真フィルム法への動きに対応し、写真製版作業の標準化と品質の安定化をセールスポイントとして、フジリスフィルムの販売促進を図った。

“タイプN”から“タイプO”へ

[写真]フジリスオルソフィルム タイプN(レーベル)

フジリスオルソフィルム
タイプN(レーベル)

[写真]フジリスオルソフィルム タイプO(レーベル)

フジリスオルソフィルム
タイプO(レーベル)

従来のリスフィルムは、通常のMQ(モノール、ハイドロキノン)タイプの現像液で処理されていたが、リスフィルム本来の性能として要求される高濃度・高コントラストを得るために、新たに、専用の写真乳剤を用いて、写真フィルムとしては極限に近い高い濃度・コントラストを得ることのできる伝染現像システムという特殊な現像システムが開発された。当社でも、この伝染現像システムに適合したリスフィルムの研究を進め、1956年(昭和31年)1月、その商品化に成功し、“フジリスオルソフィルム タイプN”として発売した。

1959年(昭和34年)10月には、さらに品質を改良し、フィルムベースも不燃性のTACベースに切り換えた“フジリスオルソフィルム タイプO”を発売した。この“タイプO”は、解像性や階調などの品質が良化し、また、現像のラチチュードが広がったため、当時としては非常に使いやすいものとなり、国産リスフィルムの標準的なものとの評価を得た。この“タイプO”の商品化によって、当社は、リスフィルム市場における飛躍のための基礎を固めることができた。

グラビア製版用“プロセスフィルム”の品種整備

[写真]富士プロセスフィルム(レーベル)

富士プロセスフィルム(レーベル)

[写真]富士グラビアフィルム(レーベル)

富士グラビアフィルム(レーベル)

印刷業界のカラー化の動きにつれて、グラビア印刷業界でもカラーグラビアが多くなってきた。こうした動きに対処して、1959年(昭和34年)10月、新たに軟調用の“富士プロセスフィルム ソフト”を発売した。1960年(昭和35年)2月、“プロセスフィルム”を“グラビアフィルム”と改称した後、1962年(昭和37年)4月には“富士グラビアフィルム ウルトラソフト”を発売し、品種の整備を図った。

その後、1970年代に入ってからは、オフセット印刷技術の進歩によって、多色オフセット印刷が漸次カラーグラビアに近い刷り上がりをするようになり、一般のカラー印刷は、オフセット印刷が主流になってきた。反面、グラビア印刷は、パッケージ関係(特に、ポリエチレン印刷・セロファン印刷)、建材の木目印刷などに活用され、また、製版方式の進歩によって、各種の新しいグラビア製版方式が採用されるようになってきたが、これらの方式は、リスフィルムを多用するため、グラビア製版用ポジフィルムの需要は相対的に減少してきている。

コロタイプ印刷専用フィルムの開発

絵葉書や学校の記念写真アルバムなど、少量多品種の写真印刷分野に用いられていたコロタイプ印刷は、他の一般的な印刷法と異なり、写真原板の濃淡をそのまま再現する方法として優れている。

コロタイプ印刷用の刷版は、写真原板となる撮影済みのネガ乾板の画像膜をはく離して、重クロム酸ゼラチンの感光液が塗布されたガラス板に重ねて焼き付けて作られる。

戦後、写真館などの撮影用材料が乾板からフィルムに変わり、はく膜が困難となったが、当社は、フィルム原板のはく膜処理方法を開発して、ユーザーの便宜を図ってきた。

その後、アマチュア写真の普及によって、学校アルバムの写真原板は小型ネガが多くなってきたので、反転現像によって直接所定サイズの複製ネガを得ることができるように、当社は、1960年(昭和35年)10月、コロタイプ製版特有のはく膜性能を備えたコロタイプ製版用フィルム“富士製版用反転フィルム”を商品化し、この業界に貢献してきた。

その後、学校アルバムのコロタイプ印刷の大部分は、オフセット印刷に変わっていったが、今日でも、コロタイプ技法は、特殊美術印刷・高級少数部数の印刷などに用いられている。

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