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PETベースの開発

 

写真フィルムの支持体として、より優れたフィルムベースを開発するため、当社は、新素材のポリ塩化ビニール、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート(PET)の、フィルムベースヘの適用の研究を進める。そして、ポリカーボネートの試作に成功するが、将来性の見通しを比較検討した結果、その実用化を中止して、PETベースの研究に専念する。1961年(昭和36年)3月、東洋レーヨン株式会社(現東レ株式会社)と技術提携契約を締結、翌1962年(昭和37年)PETベース生産工場を建設し、その後、1967年(昭和42年)には、さらに増設する。この間、リスフィルム、X-レイフィルムと逐次、フィルムベースのPETベース化を実現する。

フィルムベース用新素材の研究

[写真]製造されたPETベース

製造されたPETベース

戦後,石炭から石油への化学工業の原料転換に伴って,新しい繊維用化学素材が次々と生み出された。それらの中には,フィルムベースとして優れた特性をもつものも少なくなく,世界の写真感光材料メーカーの間で,新素材によるフィルムベースの開発が進められていた。

当社でも,フィルムベースの不燃化を目指したTACべースの開発に一応の目途がついた1952年(昭和27年)ごろから,寸度安定性や強度など諸特性のより優れたフィルムべースを開発すべく,次世代のフィルムベース素材の研究に着手した。そして,ポリ塩化ビニール,ポリスチレン,ポリカーボネート,そしてポリエチレンテレフタレート(略してPET)と,新素材の出現ごとにフィルムベース素材としての可否を検討していった。

ポリ塩化ビニールは,コスト的には最も割安だった。しかし,連続ツヤ出しの技術に難点があり,品質的にも耐熱性が劣り,結局,使用を見送った。

電気絶縁性に優れ,初期の高分子工業の花形であったポリスチレンは,透明で二軸延伸(長さ方向と幅方向とに高温で延伸すること)によって強い透明なフィルムが得られるため,フィルムベースの検討対象となった。最大の特長は,湿度によって寸度の変化がないことで,製版用フィルムの無伸縮ベースとしては好適であった。しかし,85℃以上で急に軟らかくなる性質があるので,耐熱性の点で不十分であった。

ポリカーボネートは,1956年(昭和31年),バイエル社が合成に成功したプラスチック材料の一種である。強度・透明性・耐衝撃性・耐熱性・電気絶縁性も十分であり,しかも,現用のベースであるTACベースと全く同じ装置で製膜できる点も極めて有利であった。

当社は,その合成法の研究を進めるとともに,これをフレークにすることなく,反応溶液から直接高品位のポリカーボネートベースとする合成・製膜一貫製造法の開発に取り組んだ。この研究には,1959年(昭和34年)7月,通商産業省から鉱工業技術試験研究補助金1,100万円の交付を受け,翌1960年(昭和35年)2月,小田原工場の構内に研究所分室を設けてパイロットプラントを造り,製造化研究を開始し,ポリカーボネートの試作に成功した。

一方,この期間,並行してPETの研究も推進しており,フィルムベースとして,いずれを選択するかが経営上重要な問題となった。最も大きな問題は,プラスチックとしての将来性の見通しである。大量生産によるコストダウンは,需要規模の大きい繊維工業用素材となるかどうかに依存している。その点,ポリカーボネートは,繊維用素材としては特に優れた特長をもたないために,量産される機運になく,それに対してPETは,風合い,強さなどの特徴から,繊維素材として大きな需要が見込まれ,量産される機運にあった。当社は,PETが写真フィルム工業よりはるかに需要規模が大きい繊維工業に使用されることによって,将来,コスト的に大幅に安くなる見込みがあると判断して,ポリカーボネートの実用化は中止した。このことは,その後,PETが繊維やフィルム工業の素材として著しい発展をみたことを考えると,極めて適切な意思決定であったということができよう。

PETべースの開発

ポリエチレンテレフタレート(PET)は,イギリスのICI社が工業化に成功した熱可塑性プラスチックで,1957年(昭和32年)2月,東洋レーヨン株式会社(現東レ株式会社),帝国人造絹糸株式会社(現帝人株式会社)の2社とICI社との間で技術提携契約が結ばれ,国産化の道が開かれた。その後,PETは,石油化学工業の発展とともに種々の用途が開発され,その生産量も年とともに増大している。主として繊維原料として用いられるほか,電気絶縁用や包装用のフィルム,磁気記録材料用のべースに用いられている。

1957年(昭和32年)ごろ,デュポン社が製版用フィルムのべースにPETを使用しはじめ,コダック社でもそれに追随するという動きが伝わってきた。このため,当社でもPETべースの研究に拍車をかけた。

[写真]東洋レーヨンとの技術提携契約の調印

東洋レーヨンとの技術提携契約の調印

PETべースを使用するフィルムの試作研究は,当初は,デュポン社やICI社のベースを購入して開始した。その後,東洋レーヨンがPETの生産を開始したので,同社のルミラー(PETフィルムの商品名)も購入して試作を続けた。べースのせん孔やテープ接合などの加工技術も完成した。これらの加工技術は,後年,シングル-8フィルムの事業化に際して,有効に活用された。

これらの試作研究の見通しも立ち,PETべースヘの切り換えに自信を得た当社は,東洋レーヨンからサブライセンスを受けて,PETべースを自社で生産する方針を決定し,1961年(昭和36年)3月,同社と契約を締結した。この結果,当社は,東洋レーヨンおよびICI社の日本特許を使用し,写真フィルム用べースならびに磁気記録材料用ベースを製造し得ることとなり,この原材料であるペレットは,東洋レーヨンから供給を受けることとなった。また,PETベースの品質向上を図るために,両社は技術的連絡をより密接にとることにした。

PETベース工場の建設

[写真]PETベース製膜装置

PETベース製膜装置

[写真]足柄工場PETベース工場 1962年(昭和37年)

足柄工場PETベース工場
1962年(昭和37年)

デュポン社に続いて,1960年(昭和35年),コダック社でもリスフィルムのPETべース品の出荷を開始した。当社もフジリスフィルム用ベースのPET化に全力を注ぎ,1961年(昭和36年)8月からPETベースを使用したフジリスフィルムの出荷を開始した。

同時に,PETベースの自社生産のために,足柄工場で新工場の建設に入った。1961年(昭和36年)9月に着工し,翌1962年(昭和37年)8月にしゅん工,9月から試運転を開始した。その後,間もなく本格稼動を開始,これによって,リスフィルムの自社生産のPETべースによる一貫生産を実現した。

一方,1966年(昭和41年)秋,デュポン社は,X-レイフィルムのべースにPETを使用しはじめ,コダック社もこれに追随した。当社でもX-レイフィルムベースをPET化することとした。

この計画遂行のため,既設工場の製造能力の増強を図る一方,新たにPETベース工場を増設することとし,1967年(昭和42年)7月,建設工事に着手した。新工場は,翌年7月に完成,機械設備の据え付け,試運転を経て,1969年(昭和44年)4月,製造を開始した。この間,X-レイフィルムベースのPETべースヘの切り換えを行ない,新工場の本稼動とともに,1969年(昭和44年)12月までに全面PET化を実現した。

なお,1965年(昭和40年)に発売したシングル-8フィルムは,発売当初から薄手のPETベースを使用した。

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