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“フジカラーHR”の発売と多面的販売促進活動の展開

 

1980年代に入って、アマチュア写真市場は成熟期を迎え、需要の伸びが鈍化する。こうした中で、当社は、カラー写真画質の飛躍的向上と撮影領域の拡大を図るべく、新製品の展開を進める。1983年(昭和58年)2月には、ニュータイプのカラーネガフィルム“フジカラーHR”を発売、それに合わせて、“フジカラーHR”と“フジカラーぺーパー”を組み合わせたプリントを“HRプリント”と名付けて写真の品質向上を進めていく。また、ロサンゼルスオリンピックの公式フィルムに採用され、これを機に国内外で積極的な販売キャンペーンを展開する。一方、当社のマーケティング活動の優秀性が認められ、連年、マーケティング優秀メーカー賞の入賞に輝く。

アマチュア写真市場の需要動向の変化

今日,写真は,日常生活のあらゆる場面に登場してくるようになってきた。ファミリーフォトはもちろんのこと,野鳥を写したり,スポーツを撮ったり,写真を趣味とする人も増え,ジュニア層から高年齢層まで幅広く普及してきた。写真の用途も広がり,ユーザーのショット数(写真撮影コマ数)も年々増加してきた。カメラの世帯普及率も,1977年(昭和52年)に80%を超えた。カラー写真の比率は,1979年(昭和54年)には85%に,1983年(昭和58年)には88%に達し,写真といえばカラー写真のことを指すようになってきた。

このように年々拡大してきたアマチュア写真市場も,1980年代に入って,日本経済の伸びが低迷する中で需要の拡大のテンポに鈍化の兆しが現われてきた。カメラの国内出荷台数も世帯普及率も,1980年代に入ってからは横ばい傾向を示してきた。

最近の出生率や婚姻件数の低下や旅行件数の伸び悩みなど,写真需要にとって厳しいデータが示されており,アマチュア写真市場は大きな曲り角にさしかかっている。市場は,これまでの成長期から成熟期に入ってきたと見られるようになった。

このような市場の変化の中で,当社は,写真需要の拡大のために,二つの戦略を打ち出した。一つは,現在写真を撮っているユーザーにさらに写真撮影の機会を増加させることであり,もう一つは,まだ写真を撮っていない人たちを新たに写真人口に参入させることである。このような戦略の下で,積極的なマーケティング活動を展開する一方,次々と新製品を市場に提供していった。

1981年(昭和56年)に,インスタントフォトシステム“フォトラマ”を発売したのも,インスタントフォトという新システムを提供することによって,写真の新しい楽しみ方や利用の仕方をつくり出すことを目的としたものであったが,既存の写真システムでも,新しいカメラを発売する一方,高性能フィルムを開発し,アマチュア写真市場の拡大とシェアアップ作戦を展開していった。

新世代カラーネガフィルム“フジカラーHR”の発売

[写真]フジカラーHR100とHR400(35mm判)

フジカラーHR100とHR400(35mm判)

1983年(昭和58年)1月21日,当社は,世界のカラーフィルムの歴史に新しい1ぺージを加えた。この日,新世代カラーネガフィルム“フジカラーHR”を発表,カラーフィルムの新しい時代の幕を開けたのである。

当社は,1958年(昭和33年)にカラーネガフィルム市場に進出して以来4分の1世紀,その性能と品質の向上に努め,カラー写真市場の拡大を図ってきた。その結果,当社のカラーネガフィルムは,国内市場で圧倒的なシェアを占め,経営を支える最大の商品に成長した。この間,1976年(昭和51年)には,当時世界最高感度を誇った“フジカラーF-II400”を発売し,世界市場での当社の地位を向上させた。優れた性能,そして安定した品質の製品を世界の需要家に届ける富士フイルムの名は,世界のすみずみにまで行き届き,当社は,“日本の富士フイルム”から“世界の富士フイルム”へと成長してきた。そして,1981年(昭和56年)12月,当社のカラーフィルムは,ロサンゼルスオリンピックの公式記録フィルムとして採用されるまでになった。

この絶好のタイミングをとらえ,当社は,新世代のカラーネガフィルム“フジカラーHR”を開発し,1983年(昭和58年)2月24日から国内外に一斉発売した。当社が開発した新しい写真乳剤技術によって,色再現性・粒状性・シャープネスなどを大幅に向上させたものであった。

“フジカラーHR”には,二重構造粒子とL-カプラー,そしてスーパーDIRカプラーという三つの新しい技術が盛り込まれていた。

二重構造粒子というのは,わずか1ミクロン(1,000分の1mm)の写真乳剤粒子を内殻と外殻の二重構造とした画期的な写真乳剤である。光を粒子全体で吸収して高感度を確保するとともに,外殻は光によって発生する電子を確実にとらえ,内殻は粒子の現像をコントロールして画像の粗れを防ぐというように外殻と内殼の役割分担を明確にし,超微粒子の画像を形成するものである。

また,L-カプラー(ラテックスカプラーの略)は,従来分散していたカプラーを高密度化したもので,写真乳剤層中に高密度のカプラーを組み入れることにより,乳剤層の薄層化を可能にし,光のにじみを減少させ,よりシャープな画像を形成するものである。

一方,スーパーDIRカプラーは,新タイプの現像抑制剤放出型カプラーで,従来のDIRカプラーに比べ,現像抑制作用の到達距離を格段に長くすることに成功し,高度の画像制御効果を発揮させることが可能となった。

これらの新技術によって完成された“フジカラーHR”は,次のような特長を有しており,これらを総合して,「新世代の色」「画質2倍にアップ」をうたった。

○ 鮮やかな色再現
従来からのフジカラーの特長である忠実な色再現に加え,スーパーDIRカプラーの採用によって,さらに一段と鮮やかさを向上させた。ネガカラーでは従来再現が難しかった淡い色も十分に描写する。

○ 画期的な超微粒子
二重構造粒子技術によって,高感度で群を抜く超微粒子を実現,肌のきめ細かい再現,衣服の細部の模様まで忠実に描写するなど,高画質のプリントをつくる。

○ シャープな画像
L-カプラーとスーパーDIRカプラーの採用によって,世界最高水準のイメージシャープネスを実現し,大伸しでもきれ味のよい描写をする。

○ 浮き出すような立体感
高シャープネス・超微粒子に加え,豊かな階調の再現によって,画面に浮き出すような立体感を与え,優れた質感描写をする。

[写真]フジカラーHR100とHR400(ポケットカメラ用110サイズ)

フジカラーHR100とHR400
(ポケットカメラ用110サイズ)

[写真]フジカラーHR200(35mm判)

フジカラーHR200(35mm判)

“フジカラーHR”の発売に当たっては,感度ISO100(ISO感度表示は,国際規格として,わが国では,1981年(昭和56年)5月から順次,従来のASA感度に代えて表示された)の“HR100”とISO400の“HR400”の2種類で,それぞれ35mm判(12枚撮,24枚撮,36枚撮)とポケットカメラ用110サイズ24枚撮(“HR100”は12枚撮も)のラインアップをそろえた。発売を機に,パッケージやパトローネのデザインも一新し,当社のコーポレートカラーであるグリーンと赤のCIマークを基調に,シルバーを配して高品質のイメージを表現,“HR100”は赤,“HR400”は紫のラインを配して,一目で区別できるようにした。

その後,1983年(昭和58年)4月には,“フジカラーHR100”,同“HR400”のブローニー判フィルム(6cm×6cmサイズで12枚撮),次いで同年11月,感度ISO200の“フジカラーHR200”の35mm判フィルム(12枚撮,24枚撮,36枚撮)を追加発売した。

当社の大きな期待を担って登場した“フジカラーHR”は,国内外で好評をもって迎えられた。

“フジカラーHRプリント”の発売

[写真]全日本CM大賞

全日本CM大賞

一般のカラー写真は,プリントされてはじめて完成する。それだけに,プリント品質の良し悪しは,写真の出来上がりに重要な意味をもっている。ところが,実際には,カラープリントに対する顧客のブランド意識は,カラーフィルムの場合に比べると低いのが実情である。当社は,高品質のカラーフィルムとカラーぺーパーを販売するとともに,フジカラーラボを通じてフィルムの性能を十分に引き出す優れたプリン卜仕上げの徹底を図ってきた。そして,このことを最終ユーザーにも徹底させることを目的として各種の施策を推進した。

1980年(昭和55年)に開始したテレビコマーシャル「それなりに……」シリーズも,フジカラープリントへの認識を深めてもらうことを一つの狙いとして展開したものであった。このCMは,大きな反響を巻き起こし,「それなりに……」は,たちまち流行語となり,同年11月には,テレビCM界のグランプリに当たる全日本CM大賞に選ばれたほか,各種の広告賞を受賞した。

1982年(昭和57年)2月からは,「フジカラープリントスターマークキャンペーン」を実施した。これは,フジカラープリントの裏面に☆印のマークを付け,それを一定量集めると,自分の好きな写真を大伸しプリントにしてプレゼントするもので,フジカラープリントに対する認識を高めるとともに,大伸し写真のすばらしさを顧客に訴えることを目的としていた。

“フジカラーHR”を発売した1983年(昭和58年)には,“フジカラーHR”と“フジカラーぺーパー”を組み合わせたプリントを“フジカラーHRプリント”と名付けるとともに,新たに“フジカラーHRプリントGOLD”を販売した。“GOLD”は,普及判サイズの主力であるEサイズよりも少し大きいLサイズ相当(ペーパーサイズ89mm×127mm)で,プリントの白縁をなくし,画面サイズを大きくして,写真の良さを訴求した。

それに合わせて,同年9月からは,「フジカラーHR超大写真プレゼント」を実施した。これは,期間中,応募者の中から抽選で10万名を選び,希望の写真を全紙サイズ(ぺーパーサイズ45.7cm×56.0cm)に大伸しし,額縁付きでプレゼントするもので,大伸し写真の普及と写真需要の拡大を図った。

これと同時に,全国のフジカラーラボを通じて,スライド映写や焼増し時のネガ選定に便利な“フジカラーラッシュ”と大伸しプリントとジグソーパズルが同時に楽しめる“フジカラーパズル”を発売した。

次いで,翌1984年(昭和59年)1月には,文房具・書籍・名札などに貼れる“フジカラーシールプリント”と新素材(ポリエステル)による光沢度・色のさえ・立体感(質感)を強調した“フジカラーHRクリスタルプリント”を,また,同年2月からは,プリントの余白にメッセージやメモが書ける“フジカラーメモリープリント”を,それぞれフジカラーラボを通じて受注を開始した。これらの数々の施策によって,当社は,生活の中での写真の楽しみ方と用途の拡大をユーザーに訴え,写真需要の拡大を図った。

[写真]フジクロームRPプリント

フジクロームRPプリント

[写真]フジカラーポストカード

フジカラーポストカード

[写真]フジカラーシールプリント,フジカラーHRプリントゴールド

フジカラーシールプリント,フジカラーHRプリントゴールド


[写真]フジカラーパズル

フジカラーパズル

[写真]フジカラーメモリープリント

フジカラーメモリープリント

[写真]フジカラーHRプリント

フジカラーHRプリント


カラー写真の需要拡大を図ったカラープリント広告の一部

新しい写真需要拡大策と多面的販売促進策の展開

[写真]いい旅チャレンジ20,000kmキャンペーンのポスター

いい旅チャレンジ20,000km
キャンペーンのポスター

[写真]バレーボールフォトコンテストのポスター

バレーボールフォトコンテストのポスター

[写真]ポートピア'81会場(神戸)

ポートピア'81会場(神戸)

[写真]スナップ撮影(東京ディズニーランド)© Walt Disney Production

スナップ撮影(東京ディズニーランド)
© Walt Disney Production

当社は,また,新しい写真需要の開発のために,積極的なキャンペーンを実施した。

1980年(昭和55年)3月には,国鉄全240余線区2万キロを踏破しながら旅を楽しもうという「いい旅チャレンジ20000kmキャンペーン」にタイアップするなどして,旅の写真需要を喚起した。

旅行・ファミリー写真に次いで多いのが,運動会や結婚式・卒業式・入学式などの行事の際に写される写真であるが,近年,スポーツをテーマとした写真も増加してきた。1981年(昭和56年)4月には「写真野球教室」を開講した。これは,プロ野球選手会とタイアップし,自分のフォーム写真を送れば,有名プロ選手から直接,批評・アドバイスを受けるというものであった。

また,バレーボールの人気が上昇する中で,1981年(昭和56年)からは,バレーボール日本リーグのフォトコンテストを開始した。

一方,各地で行なわれるビッグイベントは,写真需要拡大の絶好の場であり,当社はこれに積極的に協力していった。

1981年(昭和56年)3月から9月まで,神戸で「ポートピア’81」が開催された。「新しい海の文化都市の創造」をテーマとする「ポートピア’81」は,関西地区では,10年前の大阪万国博覧会以来のビッグイベントであった。当社は,三井グループのパビリオンに共同参加するとともに,会場内では,写真相談所を設置して来場者の相談に応じ,また,地元の写真材料販売店のフィルム売店に協力した。

1983年(昭和58年)4月には,千葉県浦安に東京ディズニーランドが誕生した。東京ディズニーランドは,米国のディズニーランドにならって,各種の新しい施設を採り入れ,国内の有力企業に各種施設を提供してもらうスポンサーシップを採用した。

当社は写真の分野で,唯一のオフィシャルスポンサーとして,広告宣伝への利用権,並びに園内での写真機材の販売権を獲得し,“マジックカーペット世界一周”およびカメラ・フィルム・写真用品を販売する「カメラセンター」「ファンタジーランドカメラショップ」の施設を提供することとした。

“マジックカーペット世界一周”は,全周360度の超大型スクリーンをもつ円形劇場で,9台の35mm映写機を駆使して,世界各国の美しい風景を写し出し,マジックカーペットに乗って世界一周の旅を居ながらにして体験できる楽しい映像アトラクションである。

東京ディズニーランドは,オープン後,連日多数の入場者が訪れ,にぎわいをみせ,園内は,毎日が撮影会といった状況が続いていた。

また,1983年(昭和58年)10月に開催された「大阪築城 400年まつり」では,当社は,大阪城址公園での大撮影会に協賛したほか,世界帆船まつり・大阪城博覧会・御堂筋オープニングパレードなどのイベントを対象としたフォトコンテストを後援した。

この間,1983年(昭和58年)7月からは,当社カラーフィルムがロサンゼルスオリンピック大会の公式記録フィルムに認定されたことを記念して,国内でも「’84ロサンゼルスオリンピックキャンペーン」を開始した。このキャンペーンでは,“フジカラーHR”の素晴らしさをより多くの人に訴求することを目的に,ロサンゼルスオリンピックのシンボルマークである「スター・イン・モーション」とマスコットの「イーグルサム」をデザインした特製パッケージの“フジカラーHR”を出荷した。

これら当社の積極的なマーケティング活動は,高く評価され,1977年(昭和52年)からは,連続して,日本能率協会「総合マーケティング優秀メーカー賞」に選定されてきた。この賞の主な選定基準には,トータルマーケティング活動の基盤が確立されていること,経営財務内容が充実していること,企業の社会的責任を全うし,きめ細かい経営姿勢とその対応力をもっていることなどがあげられている。

1983年度(昭和58年度)の当社の入賞選定理由には,高品質による新製品差別化の強化と国際性を志向したきめ細かいマーケティング戦略の積極性があげられた。これは,写真業界ではもちろん,多くの分野での当社の積極的なマーケティング活動が認められたことによるものである。

来たる1985年(昭和60年)には,茨城県筑波研究学園都市において国際科学技術博覧会が開催され,当社は,三井グループの「滝の劇場・三井館」に共同出展するとともに,会場内に「写真サービスセンター」を開設して,入場者の便宜を図った。

当社は,このような写真映像に関連したイベントに積極的に参加して,ユーザーへの販売サービス活動の推進とブランドイメージアップの展開を図る一方,その後も市場ニーズを的確につかみ,タイミングよく新規商品開発を進め,市場を開拓し,写真業界全体の需要拡大を図っていった。

[写真]ロサンゼルスオリンピックのマークを付けたフジカラーHRの特製パッケージ

ロサンゼルスオリンピックのマークを付けた
フジカラーHRの特製パッケージ

[写真]総合マーケティング優秀メーカー賞

総合マーケティング優秀メーカー賞

[写真]大阪築城400年まつりの撮影会(大阪城址公園)

大阪築城400年まつりの撮影会(大阪城址公園)

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