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年表コーナー 1945年~

 

1945年

1月 防ちょうのため、会社名・工場名の使用禁止
天津出張所を廃止
3月 狩野工場 閉鎖
名古屋出張所,空襲り災
4月 雑司ケ谷工場・大阪出張所,空襲り災
5月 東京事務所,空襲り災
6月 生地製帯機,フィルム塗布乾燥装置など満州移設のため搬出
7月 東京時計航機株式会社 解散
渡満従業員 出発
8月 小田原工場・足柄工場 空襲り災

[写真]戦災を受けた小田原工場

9月 臨時休業に入る
10月 業務組織を縮小し,事業再開
米軍,映画用フィルムの生産再開を指示
12月 共済会 発足

1946年

3月 今泉工場,大蔵省管理工場となる
4月 従業員の職員と工員との区分廃止,実働8時間制とする
天然色写真株式会社(現株式会社フジカラーサービス) 創立

[写真]富士天然色写真株式会社東京現像所(設立当時)

5月 富士フイルム従業員組合協議会 結成
7月 株式会社富士板金工房(現富士機器工業株式会社) 創立
8月 特別経理会社の指定を受ける
10月 富士フイルム従業員組合連合会 結成
富士ポートレートカットフィルム 発売

[写真]富士ポートレートカットフィルム

12月 労働協約 締結

[写真]最初の労働協約書

1947年

1月 実働7時間15分制 実施
2月 三色方式外型反転カラーフィルムによる学術映画「胃がんの手術」公開される
7月 足柄工場に第2フイルム部 設置
8月 天然色写真研究室実験工場に火災
9月 福岡に出張員を置く
10月 富士フイルム労働組合(単一組織)発足
11月 3交代制 実施

1948年

2月 過度経済力集中排除法による再編改組の指定を受ける
富士医療用X-レイフィルム(間接撮影用 ロール) 発売

[写真]間接撮影用富士X-レイフィルム

富士自動引伸機A型 発売
4月 当社の最初の外型反転カラーフィルム 富士カラーフィルム(ロール,シート) 発売
当社初のカメラ フジカシックスIA 発売

[写真]フジカシックスIA

10月 増資(新資本金5,500万円)
11月 足柄工場の乾板工場を改造し、フィルム塗布機1機新設稼動
12月 福岡出張所 再開
実働時間7時間10分に改訂

1949年

1月 過度経済力集中排除法による指定,解除される
映画用35mmフジカラーフィルム(外型反転方式) 発売
3月 当社の再建整備計画が認可され、特別経理会社の指定解除,新旧勘定 合併
5月 名古屋に出張員を置く
35mmカメラ用レンズ クリスター(F2 50mm) 発売
6月 フジカシックスIC(輸出用) 発売
7月 増資(新資本金1億2,000万円)
大化洋紙店(富士フイルムビジネスサプライ株式会社の前身) 創立
8月 天然色映画の研究に関し、朝日新聞科学奨励金を受ける
9月 調合現像剤 コレクトール・レンドール,調合定着剤 フジフィックス 発売
高級印刷用紙PHO 発売
10月 外型反転カラーフィルム 富士カラーフィルム(35mm判) 発売

[写真]富士カラーフィルム(35mm判)

11月 名古屋出張所 再開

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