ページの先頭です
ページ内移動用のリンクです
サイト内共通メニューへ移動します
本文へ移動します


ここからサイト内共通メニューです
サイト内共通メニューをスキップしてサイトの現在地表示へ移動します

サイトの現在地を表示します
サイトの現在地表示をスキップして本文へ移動します

富士フイルムと写真文化

 

富士フイルムは1934年に創業し、おかげさまで2014年1月に80周年を迎えました。創業以来、私たちは「より良い映像情報を提供し、社会に貢献してゆくこと」を目指し、写真フィルムをはじめとする感光材料、関連機器、サービス分野を中心に活動してきました。また、デジタルによる新たな映像表現技術を確立するとともに、印刷や医療といった社会になくてはならない分野にも積極的に取り組んできました。多くの人たちに支えられ歩んできた80年間、これからも「人々の豊かな生活のために富士フイルムにできること」を追求していきます。

富士フイルムはこれまでもこれからも、人々の生活に新たな喜びを提案していきます。

1934年

[写真]

1933年、写真感光材料づくりに不可欠な“良質の水ときれいな空気”に恵まれた神奈川県南足柄村に新工場を建設。翌1934年に、富士写真フイルム株式会社が誕生しました。

1939年

[写真]

富士フイルムでは創業当初から社員の教育、福利厚生に力を入れ、1939年には足柄工場と小田原工場に青年学校を開校。1942年には診療所を開設し、社員やその家族の診療を行うほか、工場の衛生管理に努めました。

1941年

天然色(カラー)写真の研究の成果が実を結び、バイパック乾板方式と転染印画法が完成。業界に大反響を巻き起こすとともに、その後のカラー写真の基礎をつくりました。

1950年

[写真]

“あかるく楽しい写真”というキャッチフレーズで「富士フォトコンテスト」を開催。わが国の写真コンテスト史上最高の応募者数を記録し、戦後の困難な生活の中で明るい話題となりました。

1951年

[写真]

富士フイルム製外型反転カラーフィルムを使った国内初の総天然色(カラー)映画「カルメン故郷に帰る」が完成。多くの人に新たな娯楽として親しまれ、日本映画史に輝かしい1ページを飾りました。

1956年

[写真]FUJIC

国産第1号の電子計算機「FUJIC」完成。レンズ開発の計算に使用されたほか、気象庁や各大学からの計算依頼にもこたえ、日本の科学分野に貢献しました。

1964年

[写真]

東京オリンピック開催。写真速報を行ったり、外国の報道関係者のために臨時の現像所を設けるなど、オリンピックという一大イベントの記録と報道に大きな役割を果たしました。

1965年

[写真]シングル‐8

PHOTO EXPOで、新8mmシステム「シングル‐8」デビュー。画期的なホームムービーシステムとして、8mm映画の楽しさを広めました。

1977年

[写真]富士フイルムフロッピーディスクFD3000

国産初のフロッピーディスク「富士フイルムフロッピーディスクFD3000」を発売。需要が急増したフロッピーディスクの低価格での供給に対応しました。

1981年

[写真]

世界に先駆けて医療診断用X線画像のデジタル化に成功。(翌年にはX線画像読取装置「FCR」を発売。)診断精度の向上と被ばく量の低減により、患者さんの負担を減らすことができ、医療分野の発展に貢献しました。

1983年

[写真]

創立50周年記念事業として10億円を拠出し、日本初の民間企業による自然保護をテーマとした公益信託、「公益信託富士フイルム・グリーンファンド(FGF)」を設立。現在も、自然環境の保全・育成に関する活動や研究に対して助成を行っています。

東京ディズニーランド開園。富士フイルムはスポンサーとして協力し、日本でのエンターテインメント産業の発展に貢献しました。

1986年

[写真]写ルンです

“誰でも簡単に写真を楽しんでほしい”という想いを具現化し、世界初のレンズ付フィルム「写ルンです」発売。新しいライフスタイル提案型商品として、写真文化の大衆化に貢献しました。

1988年

[写真]FUJIX DS-1P

画像をメモリーカードに記録する世界初のデジタルカメラ「FUJIX DS-1P」発表。業界に多大な影響を与えるとともに、その後のデジタルカメラのモデルケースとなりました。

1989年

国立国会図書館の資料(図書16万冊分)などを丸善と富士フイルムが共同でマイクロフィルム化。当社のマイクロフィルムが歴史上重要な資料保存に役立った。

1990年

「写ルンです」リサイクルセンター開設。「写ルンです」の本格的なリユース・リサイクルに乗り出しました。

1992年

リサイクル方法を考慮して設計開発した「写ルンですエコノショット」に合わせて、“「写ルンです」リユース・リサイクル自動化システム”を稼働。環境活動において大きな前進となりました。

1998年

[写真]「写ルンです」循環生産自動化工場

既成概念を覆す「回収から始まり、分解・検査、再生産」という生産システムを取り入れた「写ルンです」循環生産自動化工場稼働開始。環境負荷の大幅低減に成功しました。


[写真]

世界初のカードサイズフイルムを採用したインスタント写真システム「instax mini(チェキ)」を発売。画質と携帯性を飛躍させ、インスタント写真の魅力を一層拡大。撮ったその場で楽しむ写真の楽しみ方を市場に提案し、若者を中心に広がっていきました。

1999年

[写真]

基本構造レベルから一新したCCDイメージセンサー「スーパーCCDハニカム」開発。デジタルカメラの高画質化を実現しました。その後に医療機器である電子内視鏡スコープにも応用し、診断画像の画質向上により医療分野の発展にも貢献しています。

2002年

[写真]xDPictureCard

切手並に小さく大容量の新型デジタルカメラ用記録メディア「xDPictureCard」を開発。ユーザーからの要望が非常に高かった「より小さなデジタルカメラ」開発の可能性を拡げました。

2003年

デジタルカメラで撮った画像をプリントしたいというご要望におこたえし、手軽に高品質プリントができる「お店プリント」を積極的に提案。カメラ付き携帯電話で撮影した画像のプリントにも対応し、写真の価値をあらためて広めました。

2004年

[写真]FinePix

新開発のフジノン超薄型光学式3.4倍ズームレンズを搭載した「FinePixF440・F450」発売。片手に収まるミニサイズに高機能を凝縮させ、デジタルカメラにまた新たな撮影スタイルを提案しました。

2005年

写真の持つ魅力をよりたくさんの方々に感じていただくために、「“PHOTO IS”10,000人の写真展」の開催をスタート。プロアマ問わず、誰でも気軽に参加できる写真展で、全国から届いた応募作品13,521点を、全国7会場で展示しました。

2008年・2009年

[写真]富士フイルムホールディングス サステナビリティレポート2008、2009

「富士フイルムホールディングス サステナビリティレポート2008」の表紙および中扉に徳川美術館の協力で「国宝 源氏物語絵巻」4点を掲載し、レポートの読者の皆さまに日本の文化・芸術をお伝えしました。また「富士フイルムホールディングス サステナビリティレポート2009」の表紙および中扉には、国立公文書館の協力で、「博物図第2図」および「重要文化財 庶物類纂・庶物類纂図翼」を掲載しています。写真や印刷物を通じて、文化・芸術を記録保存して、後世に伝えることは当社の本業を通じた社会貢献活動のひとつです。

2011年

[写真]写真救済プロジェクト

富士フイルムは、東日本大震災で津波により水と泥で汚れた写真やアルバムを救う「写真救済プロジェクト」を4月に立ち上げ、被災した写真の救済に取り組む活動を支援しました。

2013年

[写真]“PHOTO IS”想いをつなぐ。30,000人の写真展

全国各地で開催している「“PHOTO IS”10,000人の写真展」は、ご応募いただいたすべての方の写真が飾られる、日本最大級の参加型写真展。誰でも気軽に、自分のお気に入りの写真で参加できるイベントとして、毎年たくさんの方々にご参加いただいています。

第8回目を迎える2013年は規模を拡大し、「“PHOTO IS”想いをつなぐ。30,000人の写真展」として開催。全国28都市の会場で、写真の魅力を伝えました。

2014年

[写真]

スマートフォンの急速な普及に伴い、撮った画像を無線LANで送信するだけで、その場で簡単・スピーディにチェキプリントを楽しめる“スマホdeチェキ”「instax SHARE SP-1」発売。新たなライフスタイルに合わせ「撮る・残す・飾る・そして贈る」という写真本来の価値を提案し伝え続けていきます。

関連情報

生活の質の向上を目指す、わたしたちの企業理念をご紹介します。

良き企業市民として社会とともに歩み、社会の要請や期待に誠実に応えるために。

グループ全体で、製品・サービス・企業活動における高い「環境品質」を目指しています。



ここからサポートメニューです
サポートメニューをスキップしてフッターへ移動します


ここからフッターです

ページの終わりです
ページの先頭へ戻る