分子自己配列化技術
開発の背景
TN(Twisted Nematic)モードを使ったTFT液晶(Thin Film Transistor Liquid Crystal)ディスプレイは、高画質であるとともに、薄型、軽量、低消費電力という優れた特長を持ち、テレビやノートパソコン、携帯電話など、多様な電子ディスプレイに用いられている。しかし、見る方向によるコントラストの大幅な低下、あるいは階調反転など、視野角特性に大きな問題があった。
視野角を広げるために、配向分割法やハーフトーン方法、負の複屈折性の光学補償フィルムを用いる方法、拡散シートを用いる方法など、これまでにさまざまな方式が検討されてきたが、これらの方法は、十分な改良効果が得られない、あるいは輝度やシャープネスが犠牲になるなどの性能上の問題があり、決定的なものがなかった。
富士フイルムでは、この問題を解消するため、ディスコティック液晶化合物の自己配列化技術を用いて形成したフィルムにより、TN-TFT液晶ディスプレイにおける画面の視野角を大幅に拡大させることに成功し、“WV(ワイド・ビュー)フィルム”を製品化【図1】。このディスコティック液晶化合物の開発により、2001年度有機合成化学協会賞を受賞した。
![[図1]WVフィルムと偏光板のみの画面表示比較](pack/images/review05_img_01.jpg)
【図1】WVフィルムと偏光板のみの画面表示比較
以下に、この自己配列化技術を中心に本技術の概要を述べる。
分子自己配列化技術の概要
1. TNモードの表示原理とTNモードの視野角特性
TFT液晶ディスプレイのほとんどは、TNモードを採用しており、【図2】に示すように、棒状ネマチック液晶を封入した液晶セルと、その両側に透過軸が互いに直交するように配置した2枚の偏光板とから構成される。封入された液晶がホモジニアス配向しつつ、上下で90度ねじれた配向をしているため、電圧の印加により液晶の配向を変化でき、光の透過率を制御できるようになる。これにより表示が可能になる。
![[図2]TNモードの原理](pack/images/review05_img_02.jpg)
【図2】TNモードの原理
TNモードのTFT液晶ディスプレイは、見る方向を正面から左右に傾けると、その角度に従って全体に色が薄くなり、コントラストが低下する。
これらの視野角特性は、液晶セルに使用される棒状ネマチック液晶が【図3】(a)に示すとおり、光学異方性を有し正の一軸性複屈折を示すことに起因する。光軸に平行に入射された光については何ら影響を与えないが、光軸に対し斜めに入射された場合には、複屈折が現れる。このため直線偏光が楕円偏光となり、一部検光子を通過し、黒表示部での光漏れとなり、コントラストの低下や階調反転を引き起こす。
![[図3]正の一軸性の複屈折](pack/images/review05_img_03.jpg)
【図3】正の一軸性の複屈折
2. 視野角改良の原理
液晶セルは棒状液晶の集合と考えられてきた。棒状液晶が一様に配向した集合で作られた液晶セルはラグビーボール型の楕円体としてモデル化されてきた。このような物体に光が入射したとき、この楕円体の断面の長軸と短軸の長さの差が複屈折になる。複屈折を透過率と読み替えると視覚化しやすい。このラグビーボール型の楕円体としてモデル化された物体を【図3】(a)の上から下方向へ見ると、断面は円となり、複屈折が生じない。上方向から徐々に見る角度を大きくしていくと、楕円体の断面は長軸/短軸比の大きな楕円となり、複屈折が大きくなっていく。このように複屈折が見る方向によって変化することが、LCDの視野角依存の原因である。
一方、光学的に“アンパン”型の楕円体としてモデル化された光学補償体を推量すると、上方向から見ると断面は円となり、入射角を大きくしていくと、“ラグビーボール”と楕円の方向が90°異なる、長軸/短軸比の大きな楕円となる(【図3】(b))。
“ラグビーボール”と“アンパン”の楕円体を【図3】(c)のように組み合わせると、二つの断面である楕円が長軸を直交して重ね合わせられるので、全体としてみると円、すなわち複屈折がゼロとなる。この液晶セルの光学異方性を補償するのに、光学軸が液晶セルに垂直な方向にある位相差板や、光学軸が傾斜した一様な配向を持った位相差板が提案されたが、このような方法では広く汎用されるレベルまでの補償をすることはできなかった。これは液晶セルが楕円体によって適切にモデル化されない複雑な構造を有するためであることが後の研究で明確になった。そこで【図4】に示すようなハイブリッド配向が必要となる。図では単純に分子がハイブリッド配向している様子が示されているが、実際は各分子はいろいろな方向を向いており全体としてはゆらぎをもったハイブリッド配向をしている。
![[図4]光学補償の原理](pack/images/review05_img_04.jpg)
【図4】光学補償の原理
3. ハイブリッド配向の実現とその配向の固定
ディスコティックネマティック(ND)相を示すディスコティック液晶化合物である、【図5】に示したトリフェニレン誘導体を選び、ラビングした配向膜上に塗布した。ND相を示す温度に加熱し、液晶化合物をモノドメインに配向させた膜を形成した。この膜の特徴は、通常のディスプレイでは液晶化合物が二枚のガラスなどの支持体に挟まれているのとは異なり、片側が空気に接していることである。
![[図5]ディスコティック液晶性トリフェニレン誘導体](pack/images/review05_img_05.jpg)
【図5】ディスコティック液晶性トリフェニレン誘導体
この膜の中で液晶化合物が所望のハイブリッド配向をしていることをレタデーション(位相差)の測定光入射角度依存性により確認した。なぜハイブリッド配向が実現されたのか?それは液晶化合物層の接する二つの界面の性質が異なるからである。一つは支持体上に存在する配向膜であり、もう一つは空気である。この両者の表面自由エネルギーの差がハイブリッド配向を実現させている。
ここで形成されたハイブリッド配向は、商品として使用されている間、環境や取扱いによって変化せず維持されることが必要である。そのため、実用されているトリフェニレン誘導体には重合性基が導入されており、ハイブリッド配向形成後、紫外光照射により架橋し固定されている。
4. 種々の配向モードの実現
前述のようにディスコティック液晶化合物の配向には、配向膜側と空気界面側の表面自由エネルギーが関っている。従って、それらを制御することで種々の配向モードの実現が可能になる。
例えば、配向膜の分子構造を制御することで、円盤面が基板面に平行な配向や円盤面が基板面と垂直な配向が可能になった。また、空気界面の傾斜角度の制御も添加剤により行うことが可能であることを明らかにしてきた。このような方法を用いることにより、現段階では、【図6】に示すような、上から下まで水平な配向や上から下まで垂直な配向、途中でねじるような配向が可能となった。
![[図6]ディスコティック液晶化合物の配向モデル](pack/images/review05_img_06.jpg)
【図6】ディスコティック液晶化合物の配向モデル
将来の展望
富士フイルムは、ディスコティック液晶(Discotic Liquid Crystal)の開発だけではなく、ディスコティック液晶化合物を有効に利用するために、その配向を制御する方法についても研究を進めてきた。
このような配向の実現は、本項で紹介した光学材料への応用だけでなく、電子材料など、さらなる応用に展開できる可能性がある。富士フイルムでは、分子自己配列化技術の研究を深化させ、ディスコティック液晶の有用性をさらに発展させたいと考えている。
TN-LCD(Twisted Nematic Liquid Crystal Display)
ネマティック相の棒状液晶を2枚のガラス製対向基板の間に配向方向が90°ねじれた形の液晶。電圧印加により配向状態を変化させることにより画像を形成する。低電圧でこの分子の配向状態を変えることができるので使いやすい。
ディスコティック液晶
円盤状の剛直なコア部とそれから放射状に伸びる柔軟な側鎖部を有し、特異な液晶性を示す。 Discotic Liquid Crystalの頭文字をとり、単にDLCと略称で呼ぶ場合もある。
ホメオトロピック配向
2枚の基板間に挟まれた液晶分子群の光軸方向が、基板面に垂直になっている配向状態をいう。
ネマティック液晶
液晶相の1つ、構成各分子の重心位置はランダムだが方位的秩序が存在している。ディスコティック液晶の場合、同様の状態を特にディスコティックネマティック相という。
ハイブリッド配向
液晶層の一方の界面から他方の界面に向かい、液晶分子の方向が連続的に変化した配向状態をいう。



