ページの先頭です
ページ内移動用のリンクです
サイト内共通メニューへ移動します
本文へ移動します


ここからサイト内共通メニューです
サイト内共通メニューをスキップしてサイトの現在地表示へ移動します

サイトの現在地を表示します
サイトの現在地表示をスキップして本文へ移動します

富士フイルムの挑戦のヒストリー

 

[写真]

富士フイルムのマインド

富士フイルムは、1934年に、映画用フィルムの国産化を使命に創業しました。創業以来、世界に拡がるマーケティング活動と技術開発を積み重ねていくことで、富士フイルムは大きく成長してきました。

そして、1980年代に押し寄せた「デジタル化」の波に対しても、1983年に世界初のデジタルX線画像診断システム「FCR」を発表し医療分野のデジタル化を実現。1988年には、世界初のデジタルカメラを開発するなど、他社に先駆けて、デジタル化への対応を進めることで、「デジタルインパクトを大きなビジネスチャンス」として活かしてきました。

さらに2006年、企業理念を変更し、従来の事業領域である「映像と情報」の分野を超えて、「社会の文化・科学・技術・産業の発展、さらに人々の健康や地球環境の保持」など、幅広く「人々のクォリティ オブライフの向上」に寄与していく企業へと変わることを決意しました。2006年にスキンケア化粧品・サプリメントを新しく発売しましたが、この企業理念を具現化するのが、まさにこのヘルスケア分野といえます。

これからも富士フイルムは、その原動力である社員一人ひとりが、変化を恐れず、「もっと強い会社でありたい!もっと新しい事業を築き上げたい!」という想いを、前に向かうフィールドにぶつけて日々挑戦していくことで、「変化し続ける、成長し続ける会社」であり続けることを目指します。

富士フイルムの挑戦のヒストリー

富士フイルムの国産化を目指して

1934年

映画用フィルムの国産化を使命とし、富士写真フイルム株式会社創立

1936年

一般写真用ロールフィルム、X-レイフィルムを発売

1938年

映画用フィルム・印画紙などの輸出を開始

1940年

健康保険組合を設立し、従業員の健康管理の充実に取り組む

1948年

当社初の一般写真用カラーフィルム「富士カラーフィルム」を発売

当社初のカメラ「フジカシックスIA」を発売

1951年

国産初の総天然色映画「カルメン故郷に帰る」が完成

1956年

国産電子計算機第1号となる「FUJIC」完成

[写真]国産電子計算機第1号となる「FUJIC」完成

品質管理の優秀な企業に与えられる「デミング賞」受賞

カラーフィルムの高感度化・高画質化とグローバル展開

1962年

ランク・ゼロックス社との合弁会社として、富士ゼロックス株式会社を設立し、電子写真の分野へ進出

1965年

新しい8mmシステム「フジカシングル-8」を発売

国産初のコンピューター用磁気テープ「富士フイルムメモリーテープ」を発売

1974年

世界最大規模のPS版工場である、吉田南工場が稼動開始

1976年

世界に先駆けて高感度のカラーネガフィルム「フジカラーF-II400」を発売

1977年

国産初のフロッピーディスク「富士フイルムフロッピーディスクFD3000」を発売

1980年

海外売上高1000億円、売上高海外比率30%を超えてグローバル化が進展する

1981年

インスタント写真システム「フォトラマ」を発表

1982年

世界最高感度の映画用フィルム「フジカラーネガティブフィルムA250」の評価により、米国アカデミー科学技術賞を受賞

デジタル化の推進、さらなる事業領域の拡大

1983年

世界初のデジタルX線画像診断システムFCRを発売

東京ディズニーランド開園とともにオフィシャルスポンサーになる

[写真]世界初のデジタルX線画像診断システムFCRを発売

1984年

ロサンゼルスオリンピック大会の公式フィルムに認定され、国際的知名度を飛躍的に高める

1986年

世界初のレンズ付きフィルム「写ルンです」発売

[写真]世界初のレンズ付きフィルム「写ルンです」発売

1988年

世界初のデジタルスチルカメラ「DS-1P」を開発

[写真]世界初のデジタルスチルカメラ「DS-1P」を開発

1991年

国立国会図書館所蔵の明治期図書16万冊のマイクロ化事業達成

1995年

液晶ディスプレイの視野角を拡大する「WVフィルム」を世界初開発

1996年

世界初の固体レーザーを搭載した、デジタルミニラボシステム「フロンティア」開発

[写真]世界初の固体レーザーを搭載した、デジタルミニラボシステム「フロンティア」開発

1998年

世界初、第4の感色層を搭載したフジカラー「SUPER 400」発売世界初「写ルンです」の循環生産自動化工場が稼動

WTOが、日米フィルム問題の最終報告書を公表し、全面的に日本の主張が認められる

2001年

富士ゼロックス株式を取得し、株式持分75%で連結子会社化

2003年

「写ルンです」が、1986年誕生からの出荷数10億本突破

「第二の創業」に向けた新しい挑戦

2004年

中期経営計画「VISION 75」策定

2006年

コーポレートブランドロゴ、社名、企業理念を現在のものに改定し、持株会社制へと移行。スキンケア化粧品・サプリメントを発売し、ヘルスケア分野に新規参入

[写真]スキンケア化粧品・サプリメントを発売し、ヘルスケア分野に新規参入

2007年

東京ミッドタウン(東京・六本木)に本社を移転

2008年

富山化学工業株式会社をグループに迎え入れ、医薬品事業に本格参入

2008年

フィルターに捕捉された浮遊菌・ウイルスを除去、高い消臭効果を実現した、空気清浄システム「空間清浄機 KPD1000」新発売

2009年

世界初の「3Dデジタルカメラ」を使った3Dデジタル映像システム「FUJIFILM FinePix Real 3D System」を新発売

2009年

画期的な医薬品の創出を目指し、新薬候補の探索を強化するために、「医薬品研究所」を設立

関連情報

富士フイルムの「苦悩」と「果敢なチャレンジ」を社会情勢とともにご紹介。



ここからサポートメニューです
サポートメニューをスキップしてフッターへ移動します

ここからフッターです

ページの終わりです
ページの先頭へ戻る