極地では腹の中に『写ルンです』をしのばせて
酷寒の北極や南極でも、エベレストの頂上でも、太平洋のカヌーの上でも、そして地上8000メートルの気球の上でも、石川さんはカメラを手放すことがない。そして、見たものや感じたことを記録として残し、伝えることを続けている。
「POLE TO POLE(※1)で北極から南極まで旅したときは、1日1本、がむしゃらに撮っていました。撮り終えたフィルムは日本へ送り、また現地に新しいフィルムを送ってもらって。カメラは軽い一眼レフを3台もって行ったのですが、最後には3台とも壊れてしまいました。北極で手袋をしながらフィルム交換をしたとき、間違ってシャッター膜を押しちゃったり、カヌーの上から撮影しようとして水しぶきをかぶってしまったり。だから旅の最終目的地の南極点では、残ったカメラ『写ルンです(防水)』で撮りました。ぼくだけじゃなく、登山家の人たちはみんな、頂上で写真を残すために、最後の切り札として『写ルンです』をもって行くんです。ほかのカメラは壊れても、あれだけは絶対大丈夫ですからね。
実は写真集の表紙(※2)も『写ルンです(防水)』でした。北極で真っ白な水平線を撮ろうとしたら白クマが出てきて、ソリにしまっていたカメラを取るために背中を向けることができなかったんです。それで、腹の中に入れていた『写ルンです』で、ほとんど足がすくんだ状態で撮った1枚です」
その後、修理を重ねて使っているカメラ機材は、カメラバッグではなくクッションのきいた厚めの防水袋で持ち歩き、最後の切り札『写ルンです』を胸にしのばせて、石川さんは日々旅を続けている。世界7大陸の最高峰登頂を達成し、北極圏グリーンランドで先住民の生活に触れ、イランやアフガニスタンで一般の人の暮らしを目のあたりにし、そのたびにフィルムに記録した。
ただ、熱気球で太平洋横断を試みたが断念し、太平洋に着水したときには、すべての機材が海に流れるという残念な結果に。
「いつもの一眼レフカメラとレンズ4本、パソコン、もうなにもかも、全部海に流れてしまって……。悲しみに暮れましたけど、まあ生きててよかった。空や海や、寒いところなど、たくさん失敗を重ねて、今は、カメラをかついで厳しいフィールドにひとりで入っていくことには、自信がありますよ。山に登るときには、フィルムの本数を計算して、当然ですが箱とか全部外したり、電池類はお腹に入れて温めたり。特に極地での装備やノウハウは、誰にも負けないと思ってます」
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