第5回修羅写真展


《富士フォトサロン・大阪》にて
 修羅は、写真家矢野健彦氏が主宰し指導するアマチュアの写真愛好家の集いです。会員はなによりも自然を愛し、人々の営みを慈しみ、その美しさ、心の感動をいかに表現するかに日夜没頭しているメンバーたちです。得意分野も風景・ネイチャー・スナップと多様で、いろいろなテーマに取り組み、お 互いの価値観を尊重しながら写真の共通の基盤に立ち、写真の真の心を極めるべく切磋琢磨し、先生の厳しい指導のもとに日々努力を積み重ねております。修羅の写真展も今年で第5回を迎えて、そのひとつの節目の年に当たり、これまでの努力の成果を広く世に問い、皆様のご教示をいただき、さらなる向上のための糧としたく、未熟であることも顧みず、あえてここにご披露申し上げる次第です。ぜひご高覧いただき、ご講評を賜りますようお願い申し上げます。


中村征夫写真展
「沖縄珊瑚海道」
《富士フォトサロン・大阪》にて
 世界に誇る珊瑚の海、沖縄。これまで私は30年ほど沖縄の海に潜り、島を取り囲むサンゴ礁の美しさに感動し、あるいは開発のために変貌を遂げたその無残な姿に心を痛めてきました。1ミリほどのサンゴの卵が誕生し、浮遊しながらやがて岩に着生します。こうして沖縄のサンゴ礁は、世界屈指と言われるほどに成長をとげ、大サンゴ礁を形成してきました。しかし、乱開発や温暖化の影響などにより、サンゴは今、大打撃を受けています。
 サンゴが海中生物に与える影響は計り知れず、多くの生きものたちがサンゴの恩恵を受けています。さまざまな形で互いに共生し、あるいは闘いながら、生きものたちは健気に生きているのです。この写真展は、その魅力と感動を5年の歳月をかけて撮影した撮り下ろし作品で構成します。ぜひ、ご高覧ください。


中村 征夫

※写真集『沖縄珊瑚海道』(アスペクト刊)発売中です。


日本自然科学写真協会
第22回SSP展「自然の中の不思議を知る」


《富士フォトサロン・大阪》にて
 日本自然科学写真協会(略称SSP)は、自然科学の眼で見た写真を介して親睦と情報交流の場を作るとともに、写真文化の向上と発展を願う[写真人]の集まりです。佐々木崑会長、中村征夫・海野和男副会長をはじめ、栗林慧氏、竹内敏信氏ほか、プロの写真作家の作品およびアマチュア写真家の作品100余点を一堂に展示します。昆虫、鳥、動物、植物、水中、山岳、自然風景、顕微鏡など様々なジャンルの作品を展示します。自然の大切さを問われる昨今、皆さま、ぜひ一度ご来場ください。

日本自然科学写真協会 写真展委員会 


福井章二・千鶴子写真展
「京の山里」丹波紀行二人展


《富士フォトサロン・大阪》にて


 風景写真を撮ることによって自然の息吹を感じ、心に豊かさとなごやかさを与えてくれます。馴染み深く自然風景の残る里山、京都より丹波路をテーマといたし、家内とともに早朝より通い続けています。一瞬の出会いを感じながら、シャッターを切りました四季折々の変化ある作品です。そのうちの一部ですが、ぜひ、ご高覧ください。

福井章二・千鶴子 


古賀典篤写真展
「鳥たちに魅せられて」


《富士フォトサロン・大阪》にて
 単身赴任で過ごした松江で、山陰の冬の厳しい自然環境に立ち向かって生きる白鳥など、冬の渡り鳥たちに魅せられてしまいました。冬枯れの田畑の乏しい草だけで、一晩に900粁を飛んでシベリアに帰るという白鳥、その力強いエネルギーがどうして生まれるのか?生命力の不思議さに打たれます。以来、10年余り何時しか、中海(米子)、琵琶湖、犀川(松本)、田尻湖(富山)、瓢湖(新潟)、最上川(酒田)、屈斜路湖(北海道)と、鳥たちの美しい姿を求めて飛来地を訪ね歩くようになりました。この間、鳥たちの安住地も人間による環境整備という名のもと、餌となる岸辺の草木は刈り払われ、コンクリートで固められるなど、次第に魚や昆虫も住めない味気ない風景に変わってきています。さらに、釣りなどのレジャーブームによる人々の侵入で飛来地は年々狭められ、汚されてきており、心が痛みます。物言わぬ鳥たちに代わり、自然と調和した彼らの美しい姿を通して「命の大切さ」「自然の美しさ・大切さ」を訴え続けることで、それが地球環境の保護の一助になればと考えています。なにとぞご高覧の上、ご指導賜りますようお願い申し上げます。

古賀典篤 


抓揉 貢写真展
「やまと 樹木の詩」


《富士フォトサロン・大阪》にて
 私が写真を撮るきっかけとなったのは、前田真三先生の写真との出会いでした。今年でちょうど7年目だと思いますが、親しくさせていただいている室生村・松平文華館が前田真三写真常設館と衣替えしたときに、写真の飾り付けを手伝いながら先生の作品に触れ、なぜか心が安らぎやさしい気持ちになり、感動を覚えました。生前、前田先生が美瑛の丘を撮られたように、次は歴史の香るやまとの原風景を撮ってみたいとおっしゃっておられましたが、その願いも虚しく、1998年11月21日に他界されました。東京の斎場で先生と最後のお別れをしたときに、先生が撮り残されたやまとの原風景を自分なりに永遠のテーマとして撮り続けようと心に誓いました。そのやまとの原風景から木の作品に絞り、この度「樹木の詩」と題して写真展を開催することになりました。ぜひ、ご高覧ください。

抓揉 貢 


豊田泰輔写真展
「越後」-松之山季行-


《富士フォトサロン・名古屋》にて
 新潟県松之山町、県の南西部、山に囲まれた静かな町である。ぶな林と棚田、温泉のある豪雪地帯として夙に名高い。私にとって京都から東北への中間拠点に過ぎなかった所だが、結局、足繁く通うようになった。土地にも慣れ、知己も増え、少し余裕を持って町と接することができるようになった。秋が深まるにつれ、人々は少し俯き加減でだんだん無口になっていく。来る冬がそれほど厳しいのかと、胸を衝かれた。寒波のたび、丈余の積雪と人々との闘いが繰り返される。そこには庇いあい、助け合う姿があった。
 乱開発を免れたこの街には、地球と共生している生き物の中の人間として、最も人間らしい考え方、生き方の原点と優しさと思いやりの心を育み、時に厳しく心を鍛える自然がしっかりと見事に調和して残っていた。私は街の人にレンズを向けることがまったくできなかった。彼らの生き抜く力の原動力と慰めになっている、美しい風物を写すことで全体を知っていただきたいために。新しい世紀は、心の世紀とか。自分を再度、見直すための旅の途次訪れた松之山は、探し求めた「心のふるさと」であり、やすらぎの街であった。


豊田 泰輔 


第23回白籏史朗写真展
「白籏史朗の日本百一名山」


《富士フォトサロン・名古屋》にて
■Part1
■Part2
 深田久彌先生の「日本百名山」が登山者の間でブームとなって、誰も彼も百名山百名山とピークハントに精出している。だが、深田先生が生前語られたように、これは深田個人の百名山であり、各人は自分自身の百名山に心を持つべきである、の言葉をもう一度思い起こしてほしい。
 私の百一名山は、深田先生の百名山と若干違って深田百名山にある山もあるが、そこに選ばれていない山もある。これは私が自分の山で得た考えと写真の上から選出したもので百一というのは、富士山は別格として考えたためである。ご高覧願いたい。


白籏史朗 

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