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フィルムベース不燃化へのチャレンジ - TACベースの開発

 

セルロースナイトレートを使用する映画用フィルムの可燃性が問題となって、フィルムベースの不燃化が強く求められる。当社では、戦前からセルロースダイアセテートを原料とする不燃性DACベースを開発しているが、戦後間もなくセルローストリアセテートを主原料とするTACベースによって不燃化を計画する。TACベースの量産化の方法を確立し、新工場を建設する。そして、1954年(昭和29年)末に、映画用ポジフィルムのフィルムベースをこの不燃性(TAC)ベースに転換するのを皮切りとして、逐次切り換えを行ない、1958年(昭和33年)5月末までに、すべてのフィルムベースをTACベースに切り換えて、不燃化を完了する。

TACベースの開発

映画が国民生活に深く根づいていくにつれて、映画用フィルムの可燃性が大きな問題となった。フィルムに起因する映画館の火災事故が相次ぎ、また、わが国の映画の海外への輸出の際にも、相手国において、燃焼性の大きいフィルムを使用した映画の輸入規制の動きが高まり、フィルムの不燃化は大きな社会的課題となっていた。

映画用フィルムの支持体(ベース)には、セルロースナイトレートを主原料とするセルロイドが用いられていたので、これが発火しやすく、燃焼の激しいことが最大の難点だった。

そのために、当社では、戦前からセルロースダイアセテートを原料とする不燃性(DAC)ベースの開発に取り組み、X-レイフィルムやインターレアーなどに使用した。しかし、DACベースは、湿度の変化に対する伸び縮みが大きくて、映写耐久力も十分でなく、映画館で数百回にわたって映写される映画用フィルムのベースとしては、好適とはいえなかった。

DACベースに代わるものとして登場したのが、TACベースであった。TACベースは、セルローストリアセテートフレークスを主原料とし、溶剤にメチレンクロライド、可塑剤にトリフェニールフォスフェートなどを用いるもので、燃えにくいだけでなく、吸湿性も小さく、映写耐久力も優れていた。

当社では、フィルムベースの不燃化についての調査・研究を進めてきたが、映画用フィルムの支持体としては、TACベースが最適であるとの結論に達し、早急にその実用化を図ることとした。

そこで、1949年(昭和24年)5月、大日本セルロイドに、主原料のセルローストリアセテートフレークスの製造研究を依頼した。

大日本セルロイドでは、当社と緊密な連携をとって研究を進め、研究室での試作に成功し、次いで中間設備による試験製造にも成功した。一方、三井化学工業株式会社(現三井東圧化学株式会社の前身の1社)に依頼していた溶剤メチレンクロライドの製造研究も進ちょくし、試作品ができるようになった。

この間、不燃性フィルムの工業化を促進するため、次のような助成措置が講じられた。

  1. 1951年(昭和26年)8月、通商産業省は、35mm映画用不燃性フィルム工業化試験補助金850万円を当社に交付した。
  2. 1952年(昭和27年)には、不燃性フィルムベースの設備投資資金として、日本開発銀行の融資が認められた。
  3. 1953年(昭和28年)には、不燃性フィルムの製膜装置が、企業合理化促進法による特別償却設備に指定された。

これらのことは、フィルムベースの不燃化にチャレンジする当社にとって、大きな支えとなった。研究は一層進展し、1951年(昭和26年)10月には、製帯機2機を改造して、TACベース量産化の研究を開始した。

量産化のためには、フィルムベースの品質問題のほか、メチレンクロライドによる機械の腐食防止・製品の歩留まり向上のための装置の改良・溶剤回収の装置・流延のスピードアップなどの問題があったが、それらの問題を一つ一つ解決し、1952年(昭和27年)12月、ついに量産化技術を確立するに至った。

この間、並行して、新しいフィルムベースに合致した写真乳剤と、その塗布乾燥方法の研究やフィルムを所定の製品に仕上げるための裁断(スリット)・せん孔などの加工方法の研究も精力的に推進した。

TACベース工場の建設

研究の進ちょくに伴い、当社は、TACベース工場を建設する方針を決定した。

TACベース工場の総投資額は6億円と、当時の資本金を上回る巨額の投資であったが、フィルムベース不燃化切り換えの重要性から決断したのであった。

TACベース工場の建設計画は、これを2期に分けて実施することとし、1953年(昭和28年)2月に着工した。

第1期工事では、従来のフィルムベース工場の南側に、工場建屋を建設し、ここに製帯機4機を新設して最も急を要する映画用フィルムの全量を不燃化し、第2期工事で、現在稼働中の製帯機を改造して、X-レイフィルムその他一般用フィルムを逐次不燃性ベースに切り換えることとした。

この間、大日本セルロイドにおける研究も順調に進み、1953年(昭和28年)7月から、当社向けにセルローストリアセテートフレークスの出荷が開始され、当社の新設備の稼働に合わせて順調に供給された。

翌1954年(昭和29年)9月までに、当社は、新工場に全製帯機の据え付けを完了し、稼働を開始、同年末には、早くもすべての映画用ポジフィルムのベースを不燃性(TAC)ベースに切り換えた。

その後、さらに第2次計画の実施に踏み切り、X-レイフィルムなどその他のフィルムのベースの製造設備の改造に着手した。改造中もフィルムベースの生産を減少することはできない。このため、生産を続けながら設備の改造を行なったので、約3か年の月日を要した。

こうして、1958年(昭和33年)5月までに、当社のフィルムベースは、すべて不燃性ベースに切り換えられた。

[写真]取締役 北島弘蔵

取締役 北島弘蔵

新ベースの開発によって、映画用フィルムをはじめ、すべての写真フィルムは危険なものから安全なものへと変わった。それに伴って、フィルムの引火による映画館の火災事故もなくなった。

これらの成果に対し、1959年(昭和34年)春、日本化学会から、当社取締役北島弘蔵のほか、大日本セルロイドなどの関係技術者に対し、化学技術賞が授与された。

フィルムの不燃化、すなわちTAC化ということは、社会的責任を果たしたという意味で、当社の歴史上忘れることができない重要な成果であった。

[写真]完成したTACベース工場

完成したTACベース工場

[写真]TACベース製帯機

TACベース製帯機

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