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アマチュア用カラーネガフィルムの進展

 

1960年代の日本経済の高度成長の中で、アマチュア写真需要も大きく拡大していく。当社は、カラーフィルムの高感度化・高画質化を目指して、次々と新製品を発表する。1961年(昭和36年)発売の感度ASA50の“フジカラーN50”に次いで、1963年(昭和38年)には、カラードカプラーを採用し、色再現性を向上した“フジカラーN64”を発売、国内アマチュア写真市場における当社の地位を固める。1965年(昭和40年)には感度ASA100の“フジカラーN100”を発売し、1971年(昭和46年)にはニュータイプ“N100”を発売する。ニュータイプ“N100”は、オイルプロテクト型カプラーを使用し、海外のカラーラボの処理ラインに乗る製品であり、世界各国に輸出できるようになる。

オレンジ色がカラーを変えた

[写真]フジカラーN64(35mm判)

フジカラーN64(35mm判)

[写真]従来のカラーネガフィルム(現像後)

従来のカラーネガフィルム
(現像後)

[写真]マスク付きカラーネガフィルム(現像後)

マスク付きカラーネガフィルム
(現像後)

1958年(昭和33年)に発売したフジカラーネガフィルムは,カラー時代を開拓した製品として,その販売量も徐々に増加していった。発売当初,35mm判フィルムは,20枚撮1種類だけであったが,1960年(昭和35年)4月には,新たに12枚撮を発売した。しかし,その感度はASA32と,黒白フィルムの標準とされた“ネオパンSS”(ASA100)に比べてはるかに低く,感度の向上を求める声が強かった。

そこで当社は,カラーネガフィルムの感度向上を目指して研究を進め,1961年(昭和36年)10月,“フジカラーN50”を発売した。

2年後の1963年(昭和38年)10月,新たに,わが国で初めて,色補正を自動的に行なう機能をもった“フジカラーN64”35mm判フィルム(12枚撮および20枚撮)を発売し,12月には,ブローニー判フィルム(6cm×6cm 6枚撮)も発売した。従来のカラーネガフィルムと異なり,“フジカラーN64”の現像済みフィルムは,オレンジ色をしているマスク付きフィルムである。このオレンジ色のマスクは,新たに開発したカラードカプラー(あらかじめ着色した発色剤)を用いたことによるもので,カラードカプラーは,現像後,プリントの過程で,カラーネガフィルムに含まれているマゼンタ色素とシアン色素の色の濁りを補正する役割を果たすものである。この結果,“N64”からプリントした場合,濁りのない鮮やかなカラープリントが得られるようになった。

また,“フジカラーN64”の新発売に合わせ,“フジカラーぺーパー”もニュータイプに切り換え,色再現性や保存性の向上を図った。

“N64”の発売により,当社カラーフィルムの評価は一段と高くなり,これまで市場で苦戦を強いられていたのを一気にばん回するとともに,これ以降,国内市場における当社カラーフィルムの販売は急速に拡大していった。

“フジカラーN100”の誕生

[写真]フジカラーN100(35mm判)

フジカラーN100(35mm判)

1965年(昭和40年)8月,当社は“フジカラーN100”35mm判フィルムを全国一斉に発売し,同年12月には“フジカラーN100”ブローニー判フィルムも発売した。

“フジカラーN100”は,“フジカラーN64”で開発したカラードカプラーを採用し,感度は“ネオパンSS”と同じASA100で,ユーザーに非常に使いやすくなり,また,粒状性を細かくして,人の肌・洋服の生地などを自然に描写できるように改善した。同時に,カラーペーパーもニュータイプに切り換え,品質の向上を図った。

このころになると,当社のカラーフィルムを現像するフジカラー現像所(現像所のことを略して「ラボ」という)も順次増加し,全国的なカラーラボ網が整備されてきたので,どこでもカラーネガフィルムの現像と,カラープリントの製作ができる体制が整ってきた。そこで,“N100”の発売を機に,ユーザーがカラーフィルムを購入しやすくするために,カラーフィルムの販売価格をフィルム価格と現像料とに分け,今後は,現像料は各現像所ごとに定めて,利用者が現像する際に支払うこととした。現像料を分離した後の“N100”の標準小売価格は,35mm判12枚撮290円,同20枚撮420円,ブローニー判(6cm×6cm 6枚撮)330円に設定した。

前年に開催された東京オリンピックを機に,アマチュア写真家の間にカラー写真への関心が高まりつつあった時に発売した“フジカラーN100”は,アマチュア写真家層に好評をもって迎えられた。1960年代の半ばに至って,35mm判フィルムの全販売量に占めるカラーフィルムの割合は,約10%前後にまで達した。そして,1960年代後半に入ってからは,カラーフィルムの使用比率は急速に増加していったのである。

なお,1966年(昭和41年)4月には,新たに36枚撮を発売し,旅行者などのニーズに応えた。

オイルプロテクト型カプラーの採用

当時,世界各国のカラーフィルム市場でコダック社の製品が圧倒的に高いシェアを占め,各国の現像所でもコダック製品の現像処方で現像作業が行なわれている実情のもとで,当社が世界市場へ参入するためには,カラーフィルムでも,カラーぺーパーでも,コダック社の製品と同一現像処理ラインに乗る製品を開発することが不可欠の課題であった。

コダック社のカラー感光材料には,オイルプロテクト型のカプラーが使用されていたが,当社の内型カラー感光材料に使用していたカプラーは,水溶性のカプラー(いわゆるアグファ型カプラー)であった。オイルプロテクト型カプラーを使用したカラーフィルムと水溶性カプラーを使用したカラーフィルムとは,現像処理方式も全く異なり,また,オイルプロテクト型カプラーを使用したカラーフィルムは,画像の耐久性なども優れていた。

このため,当社では,1950年代後半からオイルプロテクト型カプラーの研究に着手していたが,1966年(昭和41年)4月に発売したカラー反転フィルム“ニュータイプフジカラーR100”で,オイルプロテクト型カプラーの使用を開始した。その後引き続き,1969年(昭和44年)3月にカラーぺーパー,1971年(昭和46年)4月にはカラーネガフィルム“ニュータイプフジカラーN100”と,オイルプロテクト型カプラーを使用した新製品を順次市場に導入していった。

このオイルプロテクト型カプラーを用いた“ニュータイプフジカラーN100”は,色再現性・粒状性などの画質の向上を図り,また,ラチチュードを広くするなど,あらゆる面で品質改善を行ない,国際商品の名に恥じないカラーネガフィルムであった。現像処理が従来の製品と全く異なるので,事前に各地のフジカラーラボに技術指導し,従来の“N100”の処理系列とニュータイプ品の処理系列の2系列の現像処理体制を整備して発売に備えた。従来の“N100”と区分しやすくするために,外箱・パトローネなどパッケージのデザインも一新した。

このオイルプロテクト型カプラーの使用により,“フジカラーN100”および“カラーぺーパー”はワールドタイプとなり,世界各国への輸出の道が開かれた。

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